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2015年1月28日 (水)

電磁気学と「球状の波」

 昨年末からネット限定の『時間認識という錯覚』第6章を書き始めて、どうもそちらにエネルギーをとられているらしく、ブログを書こうというエネルギーが今ひとつ湧いてこない。せっかく10年近く毎月一つは書き続けてきたんだから、気持ち的にも継続したいところではある。 それで、第6章関連で、もう一つまとまっていない内容を随筆風に書くことにした。書くことによって、まとまってない内容に偶然のまとまり効果を期待しようというわけだ。これならモチベーションもばっちりだ。

 それで電磁気学である。

 執筆中の第6章で私は、量子が球状の波であるという観点から、様々な試論を書き連ねている。あれやらこれやらの関連書籍を読み返しているうちに、ファラデーが土台を作りマクスウェルが完成させた「電磁気学」も「球状の波」の考え方で説明できるような気がしてきた。まだ考えはまとまりきっていないのだが、思いついたことだけでも列挙しておこうというわけだ。

 十九世紀の人物であるファラデーは、ある講演で次のような内容を話している。

「磁力線と電気力線は、宇宙の隅々まで延びていく。これらの場(と現在呼ばれている)が実在なのであって、物質そのもの、つまり原子は単に場が集中する場所と関連づけられるに過ぎないのだと。」(『シュレーディンガーの子猫たち 実在の探求』 P81 J・グリビン)

 さて、難解すぎて本質的な部分を読み取ることが出来なかった『物質のすべては光』(フランク・ウィルチェック)の題名そのものからも同じ印象を受けるのだが、光を「球状の波」と捉えたとき、「実在」とは光、すなわち「球状の波」によって構成されているのではないかと、戯言を執筆しながら私自身も考え始めていたのだ。

 マクスウェルの電磁気学は、光も電磁気の一種であると説いており、そのことは現代においては「定説」のはずである。(※ こういう分野に疎い方のために、光がなんなのかについての、領域を超えた「定説」はまだ存在しないということを申し添えておく)。そうなると、当然私としては「電磁気も球状の波の一種なのではないか」と考え始めるわけだ。

 「電磁気学」で検索してみれば、どのホームページでも、例えば高校の教科書なんかでも、電場と磁場が代わる代わるに相手を呼び起こしながら波のように真空中を伝わっていく図を目にすることができるはずだ。私は執筆中の戯言内で、「光という球状の波も一種の慣性系であり、その中心に視点を置くなら、その場に静止したまま球状に振動する図になる」と説明してきた。ならば電磁気も同じことが言えるはずだ。

 電磁気が真空中を伝わっていく図を、進行方向に立ちふさがるような視点で見たとする。進行方向を指し示す座標の延長線上から、磁力の波と電力の波を眺めてみるのだ。するとそれは、電場と磁場が代わる代わる球状に伸縮を繰り返す図になるはずだ。

 それだけではない。

 「球状の波」である素粒子が、複数寄り集まって「対称性の自発的破れ」によって物質化している様子をアニメーション化してみて気づいたが、これは磁気と電気の流れも説明してしまっているのではないかと。以下のこれだ。

球状の波の「対称性の自発的破れ」群

 先に、電磁気も「球状の波」だと述べた。第6章の言葉をそのまま使うなら、空間のリソースを使った振動、もしくは空間の振動そのものである「量子(素粒子)」は、それ自体、もしくはその副次的産物として電磁気を交互に生み出している。
 だとすると、上記のアニメーションにおいて創発的に生まれ出てきた「流れ」は、実質的に電気や磁気の流れをも説明してしまっているはずだ。電磁気そのものは、球状の波自体の要素だ。しかし、あのアニメの流れの先、複数寄り集まって物質化した球状の波の群の最後の一つを想像してみて欲しい。最後の一つは、刺激を与えるための隣り合った「球状の波」が存在しない。彼のとなりにあるのは真空だけだ。言わば最後の一つの伸縮は真空で「空振り」する。しかし「空振り」した際に、真空の電磁場を刺激して、電気や、磁気を真空中に創り出すのではないか。それが、電力線や磁力線となって、「物質」から真空中へと放出される。

 逆に、上記のアニメーションが示す「流れ」の始まりの一つについて考えてみよう。始まりの一つは自らに「流れ」を伝播させてくれる「となりの球状の波」が存在しない。だから、彼は真空中から、自らに刺激を与えてくれるはずの電力線や磁力線を引き込む。

 それが、電気の「+極」「-極」、磁気の「S極」、「N極」の実体なのではないかと。

 新年早々(すでにそうでもないか^^;)全面的に戯言ですはい。


追記

 こういう構造であるである限り、モノポール(SかNかどちらか単極しか持たない磁石のこと)は存在できないと思う。まあこの説明、わかる人にはわかるはず。

追追記

 電気を通さない物質、磁力を持てない(少ない)物質は、分子構造が複雑すぎて、上記のアニメーションの「流れ」が物質内で拡散もしくはループして外に出てこない状態にあるのだと思うが…まあなんにしても仮説ではある。
 

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