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2016年2月24日 (水)

戯言が戯言でなくなる時…物事にはタイミングというものがあるという話

 ここまで延々戯言を書き綴ってきたが、もし私の戯言が戯言でなくなるときがくるとしたら、それは「陽子のスピン」が実際に観測されたときだろう。

 「陽子のスピン」でググってみればそれを解説したものがいくらでも出てくる。
 それらを総合すると以下のような感じだろうか。
 
 陽子は3つのクォークから構成されていて、そのうち二つがアップクォーク、一つがダウンクォークである。そしてその3つがぐるぐる回転しているのが、前世紀の半ばまでに信じられていた「陽子のスピン」のイメージである。
 ところが前世紀後半に粒子加速器などによる実験の精度が高まっていくにつれ、それまでのイメージが間違っていることが明らかになっていった。陽子のスピンは、クォーク3つ分では不十分であり、さらにはその3つ以外にもクォークらしきものがあぶくのようにぶくぶくと陽子内部で沸き立っていような状態らしいのだ。

 「ぶくぶく沸き立っている様子」は、そのパターンが複雑なだけで、実際にはパターンがある程度予測できるのであれば、その解析も容易になるはずだ。DNAの二重らせん構造を見抜いたワトソンとクリックのように。

 それで私の戯言アニメーション「陽子のスピン」はどうだろうという話になるわけで。

 リンク先のアニメーションは、以前に説明したように「フェルミオンの構造」「慣性質量の成立条件」「クォーク閉じ込めの原理」等々の戯言のほぼ全てが組み込まれており、それらの集大成とさえいえる。戯言の完成形である。

 もちろん、科学の常として、なにかの仮説が証明されるためには、証拠となる観測事実が必要になってくる。理屈だけでもどこにも破綻がないように思われるが(光速度不変の原理は副次的効果として否定せざるを得ないとしても)、これが前世紀レベルの観測技術であれば、戯言は永遠に戯言だったろう。

 ところが物事にはタイミングというものがある。

 日経サイエンスの2015年08号のクォーク特集の記事に次のような記述があった。

「究極的には、物理学者は陽子と中性子の内部におけるグルーオンとクォークの位置と動き、スピンを記載したマップを作りたいと考えている。(中略)こうしたマップを作るには「クォーク・グルーオンフェムトスコープ」という一種の特殊な顕微鏡が必要になる。深非弾性散乱実験装置を顕微鏡のように使い、陽子半径の1/1000ほどの分解能で陽子や中性子の内部を観察する。米国ではトーマス・ジェファーソン加速器施設とブルックヘブン研究所が中心となって、偏極陽子と鉛原子核のターゲットに電子を衝突させるフェムトスコープを構想、予算要求している。」(P40)

 陽子半径の1/1000ほどの分解能であれば、私の「陽子のスピン」の動きも十分に解析可能であろう。1/1000ほどということは、二次元画像で32マス×32マス程度と言うことか。まあ十分である。

 逆に言えば、その程度の分解能もこれまでの「加速器」は持っていなかったということであり、それでは「陽子のスピン」の実像は分からなくて当然である。(アップクォーク、ダウンクォーク等の単純すぎる名称からも、陽子を衝突させる角度等にも問題があったと推察されるが)。

 つまり、全てはこれからなのだ。物事にはタイミングというものがある。上記記事の「予算請求」がその後どうなったのかの情報は手に入れていないが、その加速器が機能して、「陽子のスピン」の実像が明らかになるときが待ち遠しい。それが「戯言」が「戯言」のまま終わるか、なにか別のものに化けるかの境目になるだろうから。

追記

 陽子の磁力線に対して縦に陽子なり電子なりを衝突させないと、分かりやすいパターンを持つ観測結果は得られないと思いますけどね。

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