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2016年2月13日 (土)

「重力波の観測」と「光速度不変の原理」

 2月12日の深夜、ワシントンDCで、「今世紀最大」という枕詞にふさわしい観測結果が発表された。アインシュタインが100年前、一般相対性理論を発表した翌年に予言した「重力波」の観測である。

 私も日本時間の0時半という深夜ではあったが、ネット界隈の奇妙に張り詰めた空気を感じとって、さわりの部分だけでも見ようと会見が開始されるのを待っていた。
 会見自体も奇妙な緊張感が漂っていた。私にはリアルタイムで英語を聴き取るほどの語学力はないが、冒頭の研究内容を紹介するビデオや、最初にしゃべり始めた人物が言葉一つひとつを丁寧に選んで説明している様子を見て、普通ではない雰囲気を感じとっていた。

 さて、この「重力波の観測」について、ニュース記事のような詳説をするつもりはない。このブログ記事の内容だから、私の勝手な視点で興味を感じたことを書かせていただく。いつものようにだが。

 朝日新聞の「WEBRONZA」というネット上の有料ページに、この時間認識戯言でも何度か引用させていただいているカリフォルニア工科大学の大栗博司さんが、「重力波の直接観測で宇宙の新しい窓が開いた」という記事を載せている。その中に次のような記述があった。

「まずリビングストンで受信され、7ミリ秒後にハンフォードでも受信された。リビングストンとハンフォードは直線距離で3600キロぐらいなので、その間を光がまっすぐに飛ぶと12ミリ秒かかる。それよりも時間が短かったということは、2台を結ぶ直線から少しずれた斜めの方向からとどいたということだ。」 

 極端に遠く離れた二つの観測機器に、ほとんど同時に同じ波形が観測結果として現れたというのだ。直線距離では光の速度を超えなければ、ほとんど同時に同じ波形が現れるはずがない。したがって、天体規模の「重力波」が、波が海岸に押し寄せるように、同時に二つの観測機器に到達したというわけである。

 だが、ふと考える。

 その観測結果は、単純に、その重力波が光速を超えるスピードで、二つの観測機器の横から順に通り過ぎていったと解釈することも可能なのではないかと。

 もしそうだとすると、この観測結果は、アインシュタインの予言を証明したといったレベルにとどまらない。100年に渡って不可侵とも言うべき立場を保ち続けた、特殊相対性理論及びその理論基盤である光速度不変の法則の終焉を意味することになるからである。

 突拍子もない結論と思うだろうが、そのような発想にはそれなりの理由があった。

 日経サイエンスの今月号(2016年03号)に「『ここ』とはいったいどこなのか?非局在性の不思議」という記事がある。それに次のような記述があった。

「時空を外から俯瞰する神の視点(※引用者注・「絶対的な基準」と同じ。絶対空間を意味すると思われる)を否定するということは『非常に微妙な問題を含んでおり、正直なところアインシュタインもこれを長いこと理解していなかった』とマルロフはいう。空間に関する以前の概念はニュートンの考え方もアインシュタイン自身の初期の考え方も、空間はある決まった幾何構造を持っているというもので、これは空間の外に上るとそこから全体を見下ろすことができるというイメージだった。実際アインシュタインはあるとき、絶対的な基準点がなくてはならず、さもないと空間の形は曖昧で説明不可能になってしまうと論じた。」(P66)
※ 以下も興味深い記述が続きますので、是非日経サイエンス今月号を買って読んで下さい^^;引用が長くなったので罪滅ぼしの宣伝…

 大雑把に言えば、 アインシュタインは、初期の段階、すなわち少なくとも特殊相対性理論を考案した段階では、絶対空間と相対空間の違いについて正確に理解していなかったということだ。

 これは疑いようもなく、「光速度不変の原理」の否定である。

 拙ブログ「量子シリーズ」においては、光子も一つの慣性系であるという立場でこれまで説明してきた。また、素粒子を「球状の波の振動」と捉えたとき、その一部が光速を超えてしまうという点について言及済みである。アインシュタインの光速度不変の原理が、常に座標ゼロを観測者の位置に設定して光を観測する「疑似的絶対空間」であることについてはすでにこのブログ記事で言及済みである。この考え方の最大の問題は、異なる慣性系に属する複数の観測者が、光もしくは光に近い速度にある対象を観測したとき、その対象の時間が、観測者の数だけ早くもあり遅くもあるという矛盾した状態を混在させてしまう点にある。

 特殊相対性理論の10年後に発表された一般相対性理論には理があると感じる。
 特にその要とも言うべき「等価原理」については、このブログ記事で、拙ブログの戯言パラダイムに結びつけて、それを解釈しようと試みているほどだ。

 英国の理論物理学者ジュリアン・バーバーは、一般相対性理論から時間 ”t” を消去できると語っている。一般相対性理論は、特殊相対性理論の影響から、必要でない変数-時間(t)-を背負い、その結果としてその真の価値を発現できずにいる。

 一般相対性理論から、特殊相対性理論を切り離す時期が来ているのではないか?
  ど素人の戯言ではあるが…。
 そもそも世の中がそういう流れになってきているのではないか?
 今回の観測結果や、日経サイエンスの記事のあからさまなアインシュタイン批判は、偶然とは思えない。

追記
 
 「波」が、縦から来ているのか、横から来ているのか、その方向を正確に測るためには3つの観測機器が必要になる。つまり、本当の「答」はこれから出てくると言うことだ。

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コメント

相対論の正体は「暗算」
http://members3.jcom.home.ne.jp/m_hidaka/01_trick/01_01_03.html

素人ですが、私はこのサイトを信じました。

投稿: | 2016年9月21日 (水) 21時15分

まあ「光速度不変の原理」はどんなふうにでも否定できるのは確かで。問題は、あそこまで摩訶不思議な論理が100年以上信じられてきたことの方にあるのだと思います。たぶんそれにはそれなりの事情があるんでしょうし、下手に全面的に否定しようとすると、めんどくさいことになるような気が…。だから「特殊相対性理論に適応限界があることがわかった」ぐらいにしておく方が現実的かなと。

投稿: 熊男 | 2016年9月22日 (木) 14時14分

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