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2016年3月27日 (日)

新しい本の経過報告

 出版準備中の本の経過報告をしよう。

 現在「再校」、つまり編集者チェックを、著者である私が校正して、出版社さんに送り返すところまで来ている。さらにこれから、「三校」で編集者チェックが入り、さらにそれを私が最終チェックして印刷という工程になっている。

 予定より時間がかかっているのは、再校の段階で私のチェックに時間がかかったというのもあるが、一つには引用の多さに待ったがかかったからである。

 引用というのは、基本的には暗黙の了解的に、著作物であっても出典などを明らかにすることなどによって使って良いことになっている。ただし、これはまさに暗黙の了解的な取り決めであって、字数制限などの明確な基準があるわけではない。だから、著者の考え方次第で、認可が下りたり下りなかったりするものらしい。それで、前の本の時も特に画像データに関しては、著作権者に許可を取るよう心がけた。「蛇の回転」とか「スター・レッド」とかはそうやってきちんと掲載許可をもらっている。

 しかし、今回の本の場合は、引用が極端に多かった。もちろん本にするのに文字数が足りないとかいった訳ではない。そもそも修論をベースにした本であり、修論自体は今回の文字数の3倍以上の文字量がある。それを三分の一に絞り込んだのは、「言語観」にテーマを絞り込みたかったからである。その方が、本を読んでくださる(かもしれない)方々にとっては、本の内容が理解しやすくなると考えたからである。つまり、「論文」である修論と、今回の「本」とできちんと役割分担したかったわけだ。

 引用を多くしたのはそれだけが理由ではない。

 まさにその本に書いている内容そのものでもあるが、「言葉」というものは他の言葉とのつながりの中でその場だけの意味を付与される。辞書的な意味ももちろん大事だが、文脈(コンテクスト)の中で変化し、それを捉えながら読み解くことが現代社会においては特に重要な能力になっていくのではないかというわけだ。

 つまり

 私が書く文章についても、査読論文程度の文字数ではとてもじゃないけど、それぞれの言葉を読み解くためのコンテクストを構成するには至らない。私の言葉の一つ一つは、もちろん私が勝手に考えたことではなく、私が参考にしてきた様々な本の内容を背景としている。極端な話、私が読んでいる本を読者にも読んでもらうぐらいの情報量がなければ、私の本を正確に読み解いてもらうだけのコンテクストを構成することが出来ないと判断したわけである。これはまあつまり「理解してもらえなかった」経験を幾度となく経ているからなのであるが。

 そのような事情で、引用が極端に長くなってしまい、それを著者の皆さんから許可を取るのに時間がかかっているというわけだ。

 せっかく作る本だから、例え自己満足で終わろうとも、最低限自分だけは満足したい。やるべきことをやらずに後で後悔するようなことにはなりたくない。

 出版社さんの薦めで、索引も120項目近く作った。「コンテクスト」とか「ラング」とか「虚構テクスト」とかいった言葉がどのページに使われているかの目次みたいなものである。装丁についての要望も連絡した。そろそろ「案」もいくつか送られてくる頃だと思う。

 なんとか来月中にとは思うのだが、この時期は出版社はどこも忙しいらしく、引用の件も含めて時間がかかりそうである。
 まあのんきに待つつもりだ。
 

 

 

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