« 論理的思考能力 | トップページ | 洞穴日記、10周年 »

2016年7月17日 (日)

クォークはなぜ3つで安定するのか

ずいぶん前から、ツイッターとかではつぶやいていたのだが、なかなかブログ化できずにいた(単に気分の問題だが)のを、ブログ化してみる。

 ハドロン(陽子、中性子)を構成するクォークが3つであることには必然性がある。

 もちろん、これから語る内容は拙ブログの戯言パラダイムに基づいた内容なのだが、先ず基本的な話から始めよう。
 ハドロン、すなわち陽子と中性子は、「原子」の構成要素である。さらにハドロンはその内部にクォークという素粒子を持っており、それが物質の最小単位といわれている。そして、陽子や中性子を構成するクォークは3つが基本である。

 ところで、クォークが3つで安定するなら、それ以外の数でも存在するだろうということで、様々な組み合わせが予想され、それを探し求めて実験が繰り返されているらしい。

 クォークは単独では存在できない(クォーク閉じ込めの原理)。クォーク二つの組み合わせがメソン。三つが我々の身の回りの物質を普通に構成しているハドロン。四つが未発見のテトラクォーク。五つが少し前に「発見されたか?」と報道されたペンタクォークである。

 ハドロン(陽子、中性子)は、物質の基本単位であり、我々の身の回りに当たり前に存在している。しかし、それ以外のクォークの組み合わせは、例え観測できても逆天文学的とも言うべき短時間で消滅してしまう。

 なぜクォークは3つそろったときに安定するのか。3という数字にどのような必然性があるのだろうか。

 拙著『時間認識という錯覚』のネット限定第六章に以下のような画像をアップしている。

 → 陽子のスピン

 クォークを半永久的に振動する球状の波ととらえ、収縮する際になんらかの空間の「リソース」を費やすと考えたとき、ハドロンを構成する三つのクォークは、互いに「リソース」を奪い合うことで引きつけ合う。それが「強い力」の正体であると考える。

 その時、リソースの流れとしてクォークが三つの時が構造上最も無駄がない。それは「流体力学」などといった言葉を持ち出すまでもなく、上記の画像を見ていただければ一目瞭然だ。

 つまり、「3」という数は、「円」を創り出す最もシンプルな数である。 

 三つのクォークの間で空間の「リソース」は、円形のプールのさざ波のようにぐるぐる回り続ける。(しゃぶしゃぶ専用の鍋のような構造と説明すべきか。)
 それらの波の振動が、ぐるりと一周して安定するところで(つまり整数倍的な振動数で)、三つのクォークは安定し、半永久的な存在である陽子や中性子となる。

 クォークが二つの時(つまりメソン)、「リソース」の「波」はその間を直接に行き来する。波は干渉し合うことはないから構造として二つが最もシンプルなようだ。しかし、波の重なり方によって一瞬でも二つのクォークの間のどこかに空間の「リソース」の限界を超える部位が生じてしまうと、その瞬間に安定は崩れ、メソンは消滅する。クォークが三つであれば、「波」は一方通行であり、重なり合うことはない。

 クォークが四つの時(つまりテトラクォーク)、それらは正四面体の配置になるので、粒子相互の結びつきという点ではむしろ構造的に強固なはずである。それなのに、未だに観測されたという報告はないらしい。

 クォークの組み合わせが四つに限らず、それ以上であっても、空間の「リソース」の流れは複雑になる。球状の波としての「振動」が、互いに互いを安定させ合うような「流れ」を生み出すには至らないはずだ。

 「3」という数は「円」を創り出す最もシンプルな数である。三つのクォークは円形構造の中で互いに空間のリソースを奪い合いながら、半永久的に振動し続けているのだ。


追記

 むしろ、ハドロンのクォークが三つであることが、「強い力」の正体が、グルーオンなどといった仮説粒子によるものではないことの一つの証明になっている。グルーオンが「強い力」でクォークを結びつけているのなら、むしろ正四面体のテトラクォーク(クォーク四つ)の方が、構造として安定するはずだ。

|

« 論理的思考能力 | トップページ | 洞穴日記、10周年 »

「時間意識」戯言」カテゴリの記事

量子シリーズ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 論理的思考能力 | トップページ | 洞穴日記、10周年 »