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2017年1月の3件の記事

2017年1月22日 (日)

観測結果としての「ブラックホール」はダーク水素(斥力物質)で説明できる

 ブラックホールは観測事実として存在すると聞く。私の浅薄な知識の範囲内では、その天体の周囲の光の屈折率が、その天体の規模から予想される質量のそれを超えているとき、その天体はブラックホール化していると考えて良いのだろう。

 しかし、天体の周囲の空間のひずみが、その天体の質量が生み出すひずみを超えた見かけになると考えられる別の可能性が存在する。

 それは、その天体の周囲の空間を、ダーク水素(斥力物質)が取り囲んでいるという解釈である。

 ダーク水素とは、拙ブログの「戯言パラダイム」が予言する斥力を持つ物質であり、詳細については以下のホームページをご覧になっていただきたい。 → 『時間認識という錯覚 第六章』

 さて、その天体のすぐ側を光が通過する様子をイメージしてみよう。光はその天体の質量が生み出す空間のひずみにそって進路を曲げられる。ところが、その天体の周囲に分子単位で均等に空間に広がる斥力物質があるとする。斥力物質は光の進路を遠ざけるから、天体の方向に光を押しやるように働く。

 つまり、斥力物質に取り囲まれた天体は、実際の質量以上に光を引き寄せているような見かけになる。

 この理屈は、銀河レベルにも言えるはずで、これが正体不明の質量として存在が予言されているダークマターの正体なのではないかと思うが、やや思いつきに過ぎないアイディアではある。

 つまり、ダークマター、ダークエネルギー(斥力)、ブラックホール、宇宙の加速膨張、これら全ては宇宙の暗闇の中に均等に広がって観測不能な状態にある、「ダーク水素(ダークフェルミオン)」ひとつで説明可能になるのではないかと。

 オッカムの剃刀的には、面白いアイディアだとは思うが。

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2017年1月14日 (土)

下血したぞ(完治したけど)

 こんな経験は滅多にできるもんじゃないので、自己カウンセリング的な意味も含めて記録を残しておく。

 そもそもきっかけは腰痛だった。昨年末の飲み会で、無理な姿勢を長時間続け、「やばいかもしれない」と思いながらテニスをして、予想通りに痛めてしまった。それで、年末年始の休暇のほとんど全てを寝て過ごす羽目になった。

 正月三日を過ぎた頃にようやく痛みも引いて、起き上がれるようになって実家に帰ってきた。もらって来たおせちを腐らせちゃまずかろうと夜中に一気に胃袋に流し込んで布団にもぐり込んだ。

 夜中の一時頃、胃袋の下あたりに刺すような痛みを感じた。最初は食中毒だと思った。おせちがあたったと思った。それでとにかく体の中の物を出してしまおうと、水をがっぱがっぱ飲みながら、まず胃袋を洗浄した。それでも痛みは治まらない。

 下からも出してしまおうときばったが、これがまた全く出てこない。ふと気づくと、腰痛で倒れて以来トイレに行った記憶がない。どうも10日分ぐらいがぎゅうぎゅう詰めになっているらしかった。腹の痛みはいっこうに治まる気配はない。脂汗を流しながら30分以上かかって、腹の中の物をなんとか全てひねり出してしまった。その時はそう思った。それが夜中の1時頃。

 三時ぐらいに目が覚めた。どうも寒気がする。布団が全く暖かく感じず、ホットカーペットに掛け布団を移して温度を全開にした。がたがた震えながら寝ていると、全てひねり出したはずの腹の中にまだ何か残っている。それでトイレに行った。妙な感触だったので便器の中をのぞき込んで驚いた。血便とかいうようなレベルではなく、純粋な「血」が結構な量吹き出ていた。

 こりゃやばいと思った。このままだと朝まで持たないかもと思った。明らかに熱は上がりつつあってがたがた震えていた。すぐに救急病院にあちこち電話をかけて、当直医のいるところを探し当て、飛んでいった。当直医は最初、切れ痔のようなものと思ったらしい。それでトイレに行ってサンプルをとってきて見せたところが、すぐにCTをとることになった。点滴が刺され、CTの結果が出た後に、入院が決定した。

 入院初日は、座って入院のための書類を書くのもつらいぐらいだった。解熱剤を飲んで点滴しているにも関わらず、熱は下がらなかった。6回ぐらいトイレに行ったが、すべて「血」そのものが吹き出た。しばらく絶飲食することになって、水分も栄養も全て点滴から摂取し、ただ寝ているだけの状態が2日ほど続いた。時々トイレに行くのに、点滴をがらがらころがしていった。

 二日目には下血の回数も減って、医者から明後日から流動食と言われた。「まだ血が出ているのに」と思ったが、翌日には医者の読み通り血は止まった。流動食を食べた直後に久しぶりに「普通の便」を見ることができ、正直「生き延びたなあ」と思った。

 一週間経って、内視鏡で最終チェックをすることになった。大腸はもちろん小腸までずっとチェックしてもらった。準備のために下剤を一リットルも飲む羽目になったが、自分の腸の中をリアルタイムで備え付けのモニターでのぞくことができ、なかなか面白い体験だった。

 診断結果は「虚血性大腸炎」。

 大腸が腹の中を大きくぐるっと回っているが、横行結腸というおなかの上の方の部位に傷が入っていた。写真をもらってきたが、はっきりくっきり治りかけの白っぽい傷跡が4カ所ぐらいある。ストレスだとか単に経年劣化だとかでもろくなった腸壁が一気に剥がれ落ちて出血したらしい。つまり、最初に感じた胃の下あたりの刺すような痛みがまさにそれだったのだろう。写真を見る限りは「何かがひっかいていった跡」のようにも見える。

 が、それ以外には悪性ももちろんとしてポリープの類も一切なかった。それまで内視鏡の類を入れたことがなかったので、結果として豪華な人間ドックにいけたような感じになった。

 退院する日に朝トイレに行くと、茶色い普通の便に数センチ程度の白っぽい物が混ざっていた。医者に尋ねてみると、治りかけた傷跡のかさぶた状の部分がはげ落ちたものだろうということだった。

 

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2017年1月 1日 (日)

ニュートリノと陽子崩壊

 元旦からこんな記事を書くかと自分でもあきれているところだが、そんな人間なのだから仕方がない。

 例によって全面的に戯言なので、もし検索やらなんやらでこのページにたどり着いた人はそう思って読んでやって欲しい。

 もちろんこれまでずっと書き続けてきた「戯言パラダイム」に基づいた「戯言」である。

 2年前に「ニュートリノ振動の発見」にノーベル物理学賞が贈られた。ニュートリノ関連では二つ目のノーベル賞である。

 それについての記事をあれこれ読んでいるうちに、またふと奇妙な「違和感」を感じた。

 カミオカンデというニュートリノを検出するための実験装置は、そもそもが陽子崩壊を観測するために作られたらしい。安定度の高い陽子も、膨大な量の純粋な水を観察すれば、そこに含まれるはずの陽子のどれかが崩壊するはずだ。その時に発生するチェレンコフ光というのを観測することによって、陽子の内部構造を探ろうという試みだ。

 陽子は現在知られているところの物質の最小単位と考えていい。その内部にクォークが三つあると言われているが、観測機器の発達によって、次第にそう単純ではないということが明らかになってきた。三つのクォークを基本として、多くのクォークが「沸き立っている」という表現を見かけたことがある。

 つまりシンプルに言えば、陽子の内部構造はまだなにも明らかになっていない。

 陽子の内部構造を探ることの意味・価値については説明するまでもなかろう。我々の存在そのものを構成する根本原理を理解することができれば、当然それをコントロールする可能性が生まれてくる。未知の有用性ある物質の創造、重力や質量のコントロール等々、先にはSF的世界が広がっている。

 しかし、まだ陽子の内部構造は明らかになっていない。

 だから、ニュートリノの話に「違和感」を覚えるのである。

 なぜカミオカンデの内部に生じた「チェレンコフ光」が、陽子崩壊によるものでないと言い切れるのか?

 私の浅薄な知識では、陽子崩壊のチェレンコフ光が三方向に向かって放たれるのに対して、ニュートリノのそれは一方向ということぐらいしかわからない。
 だが、実にシンプルな疑問なのだが、陽子崩壊はこれまで世界中の誰も観測したことはないはずだ。なぜ、内部構造も明らかになっていない存在の、観測されてもいない崩壊の際の特徴を、断言的にこうだと言い切れるのか?

 ひょっとしたら暗黙の了解的に、ニュートリノの研究と偽って、実質的に陽子崩壊としてのデータが蓄積されているのではないかとさえ思うが、勝手な憶測に過ぎないとは思う。

 まあ私の人生にふさわしい、新年一発目の「戯言」ということで…

追記

 ニュートン別冊「素粒子の全て」を読んでいて思ったことを書いたわけだが、P152にあたりに陽子崩壊の過程をイラスト混じりで分かりやすく説明してくれている。が、その過程が余りに複雑なので、「そんなものなのかなあ」と思ったというのが本音である。あれ、二つのクォークが「対消滅」して、一つの「光子(電子)」になって飛び出したと簡潔に説明して何が悪いのかなあと。まあ戯言なので(逃げる)
 おいらの「戯言パラダイム」では、陽子の内部構造を伸縮する三つの球状波と捉えている。それら三つの伸縮のタイミングがずれて、バランスが崩れて、一つの球状波に吸収されると捉えても面白いと思う。だから三つのクォークは取り出せないのだと。陽子が崩壊する時に出てくるチェレンコフ光は一つなのだと。

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