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2017年1月 1日 (日)

ニュートリノと陽子崩壊

 元旦からこんな記事を書くかと自分でもあきれているところだが、そんな人間なのだから仕方がない。

 例によって全面的に戯言なので、もし検索やらなんやらでこのページにたどり着いた人はそう思って読んでやって欲しい。

 もちろんこれまでずっと書き続けてきた「戯言パラダイム」に基づいた「戯言」である。

 2年前に「ニュートリノ振動の発見」にノーベル物理学賞が贈られた。ニュートリノ関連では二つ目のノーベル賞である。

 それについての記事をあれこれ読んでいるうちに、またふと奇妙な「違和感」を感じた。

 カミオカンデというニュートリノを検出するための実験装置は、そもそもが陽子崩壊を観測するために作られたらしい。安定度の高い陽子も、膨大な量の純粋な水を観察すれば、そこに含まれるはずの陽子のどれかが崩壊するはずだ。その時に発生するチェレンコフ光というのを観測することによって、陽子の内部構造を探ろうという試みだ。

 陽子は現在知られているところの物質の最小単位と考えていい。その内部にクォークが三つあると言われているが、観測機器の発達によって、次第にそう単純ではないということが明らかになってきた。三つのクォークを基本として、多くのクォークが「沸き立っている」という表現を見かけたことがある。

 つまりシンプルに言えば、陽子の内部構造はまだなにも明らかになっていない。

 陽子の内部構造を探ることの意味・価値については説明するまでもなかろう。我々の存在そのものを構成する根本原理を理解することができれば、当然それをコントロールする可能性が生まれてくる。未知の有用性ある物質の創造、重力や質量のコントロール等々、先にはSF的世界が広がっている。

 しかし、まだ陽子の内部構造は明らかになっていない。

 だから、ニュートリノの話に「違和感」を覚えるのである。

 なぜカミオカンデの内部に生じた「チェレンコフ光」が、陽子崩壊によるものでないと言い切れるのか?

 私の浅薄な知識では、陽子崩壊のチェレンコフ光が三方向に向かって放たれるのに対して、ニュートリノのそれは一方向ということぐらいしかわからない。
 だが、実にシンプルな疑問なのだが、陽子崩壊はこれまで世界中の誰も観測したことはないはずだ。なぜ、内部構造も明らかになっていない存在の、観測されてもいない崩壊の際の特徴を、断言的にこうだと言い切れるのか?

 ひょっとしたら暗黙の了解的に、ニュートリノの研究と偽って、実質的に陽子崩壊としてのデータが蓄積されているのではないかとさえ思うが、勝手な憶測に過ぎないとは思う。

 まあ私の人生にふさわしい、新年一発目の「戯言」ということで…

追記

 ニュートン別冊「素粒子の全て」を読んでいて思ったことを書いたわけだが、P152にあたりに陽子崩壊の過程をイラスト混じりで分かりやすく説明してくれている。が、その過程が余りに複雑なので、「そんなものなのかなあ」と思ったというのが本音である。あれ、二つのクォークが「対消滅」して、一つの「光子(電子)」になって飛び出したと簡潔に説明して何が悪いのかなあと。まあ戯言なので(逃げる)
 おいらの「戯言パラダイム」では、陽子の内部構造を伸縮する三つの球状波と捉えている。それら三つの伸縮のタイミングがずれて、バランスが崩れて、一つの球状波に吸収されると捉えても面白いと思う。だから三つのクォークは取り出せないのだと。陽子が崩壊する時に出てくるチェレンコフ光は一つなのだと。

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