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2018年1月 3日 (水)

ベーシックインカムと人工知能 -世界の再創造-

 新年三日目は、個人的な話題から離れて、最近最も関心があることを書いてみる。(やっとか)

 文春新書の『人工知能と経済の未来』という本を読んでみた。私が特に興味があったのはベーシックインカムに関する内容だったのだが、人工知能によって雇用形態がどのように変化するかという話が中心で、ベーシックインカムについては最終章あたりにややおまけ的に書き加えられているという印象だった。大体において、予想通りの内容ではあったのだが。

 「格差」というのは、良い悪いはともかくとして、近現代の我々の生活を支えてきたのは事実だ。
 何年か前のセンター試験の「評論」問題に、近現代の経済の成り立ちについて、なかなかストレートで辛辣な分析をした内容の文章が使われていた。
 我々はかつては国家間の貿易によって利益を出していた。それがグローバル化によって国家間の差がなくなり、利益を生み出せなくなったために、国内に意図的に「格差」を作り出すことによって、そこから利益をひねり出さざるを得なくなったと。
 日本中全ての受験生に読ませるという意味ではなかなか冒険的な内容だったとは思うが、そこに書かれてあることは真実なのだろう。我々の経済がいかに危機に瀕しているかはここでわざわざ説明するほどのことではあるまい。もうどこにも「利益」を生み出すネタが残ってないのだ。

 前にも書いたが、人工知能というのは言わば無限の労働力だ。完全に自立した人工知能を作り出すことが出来たら、我々は働かずとも食っていけるだろう。そして、無限の労働力を手に入れた国家は、軍事力その他無関係で莫大な富を手に入れるだろう。そして無限の労働力は「無限に」あふれ出し、最初は一つの国家だけの富であったものが世界中に広がって、世界全体を豊かにするだろう。格差なしでも世界中の人々が「利益」を手にし、働かなくてもいい世界がやってくる。「富」という概念そのものが書き換えられるに違いない。

 なぜ人工知能の話題に固執するのかというと、「知能」であるからには、我々の心、我々の脳の構造が同時並行的に明らかになっていかなければならないから、本当の意味での人工知能が完成するためには、人の心、さらには人がどのように世界を認識しているかが問題になるはずだからだ。そうすると、拙著『時間認識という錯覚』の内容も当然関わってくるという読みがあるからである。まあおまけ話ではあるが。

 せっかく正月なんだから夢物語を書こう。もし働く必要がなくなったら、世界はどのように変化していくか。

 まず、ほとんどの職業は消滅して、我々の仕事は恋愛することと子育てをすることだけになるだろう。ひょっとしたら子育てさえも人工知能がやってくれるかもしれないが、そこはおそらく本能に属する部分でもあるし、人は簡単にはそれを放棄したりはしないはずだ。
 結婚という制度もなくなってしまうかもしれない。おそらく結婚制度は、子育てをする際の経済的な保証という意味合いが強いはずだ。もちろん愛情とか心のやすらぎとかいう要素を否定するわけではないが(というか誰よりもそれに飢えているが)、男の4人に1人が未婚で一生を終えるという現状を考えたとき、結婚という「システム」も実際にはすでに様々な問題を抱えたまま放置されていると言える。良い悪いは別にして、多夫多妻制の世の中がやってくるかもしれない。

 研究分野でさえも人工知能がやってくれるかもしれないが、趣味という意味でも人の手を完全に離れてしまうことはないはずだ。おそらくスポーツや芸術と同じような感覚で「研究」というレジャーも人の手に残されるはずだ。むしろ、生活のためにでも名誉のためにでもない純粋な興味によってなされる「研究」は、様々なイノベーションを今とは比較にならない勢いで引きおこすに違いない。(なぜなら中身のない「権威」にごまをするような無駄なエネルギーを使う必要がないからである)

 書いているうちに楽しくなってきた。生徒たちにも「君たちはいい時代に生まれた。これから世の中は信じられないぐらいに面白くなっていくよ。」とよく話す。だから私の目標は長生きすることである。人工知能とベーシックインカムがもたらすユートピアを目にするまでは死ぬわけにはいかない。

 今のままの世の中がいいって?いや時代の流れは「今のまま」を許さないはずだ。「グローバル化」によって失われた「格差」を取り戻そうとするヒト全体のうねりのようなものを感じるだろ?。全力で無限の労働力である人工知能を創り出すべきだと思わないか?世界を根本から創り替えるしかないと思うよ。いや社会の構造になんて手を出す必要はない。単に人工知能を創り出すだけで、すべてが自然に、何の代償も払うことなく変わっていくはずだから。

 

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