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2018年1月 5日 (金)

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」-読解力ということ-

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超絶ネタバレ注意。

 正月休みに映画の『コンタクト』を観て、ジェームズ・ウッズがでているのを見て、無性に彼のデビュー作である『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を観たくなって、アマゾンでBDをぽちってしまった。

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は1984年のアメリカ映画で、当時受験生だった私は、本番入試の旅行中に時間つぶしで観た記憶がある。そういう特殊な時期に観たせいもあるのだろうが、その印象が長く心にとどまり続けた。
 その当時はビデオもビデオソフトもまだ高価だった。大学生の身でそんなものが手にはいるはずがなく、観直す機会もないまま、10年ほど経った。それでも私は、なぜだかこの映画のサウンドトラックを何度も何度聴き続けていた。それだけ印象は深かったのである。
 テレビ放映されたこともあったが、時系列をいじられたバージョンになっており、録画はしたもののほとんど観直すこともなかった。

 最初に観たときは、正直内容をよく理解できていなかった。美しい映像と美しい音楽に、突然不道徳ともいうべき強烈なシーンが代わる代わる挟み込まれている。だからこそ一つ一つのシーンのイメージが際だって強く印象づけられる。
 最初の感想は「なんて理不尽な物語なんだろう」というものだった。ある事情で少年の心のまま成人してしまった主人公ヌードルスは、親友や愛する人に対して常に善意と愛情をもって接していた。それにも関わらず、裏切られ傷つけられる。
 よく創作物のモチーフになるものに旧約聖書の「ヨブ記」というものがある。人は善人であればあるほどむしろ善人だからこそ不幸に見舞われるのだと。聖書が何を我々に説こうとしているのかは私には分からないが、この奇妙なテーゼの持っている逆説的ともいうべき真実性については、感覚的にはわかるような気もする。だからこそ若い私はこの映画に惹きつけられたのだろう。
 特に主人公ヌードルスを捨てて女優を目指すヒロインのデボラと、主人公から愛する女性と財産その他人生の全てを奪った”親友”マックスの存在には、不可解で理不尽だからこそ惹きつけられた。実際、この映画のイメージは「愛と友情の物語」だったのである。あれほどまでに残酷な結末なのに。

 そしておそらくは20年近く間を空けての再鑑賞。ようやく全てを理解した。

 ここから書くことは映画に直接描かれていることではない。だがこう考えると全てのシーンに説得力が生まれてくる。

 主人公のヌードルスは、仲間をかばって殺人を犯し、青春時代を一人牢獄で過ごすことになる。その時、ヌードルスに助けられ、ヌードルスの帰りを待つ親友のマックスは、ヌードルスのためにできることはなんでもやろうと考えたはずだ。その思いで彼は親友の愛する人であるデボラを支えようとする。デボラは「たった一人だけ本当に愛した」ヌードルスを忘れられるはずがない。だからこそ、長い年月を一人過ごすうちに、マックスの優しさにヌードルスの面影を感じ始める。マックスがヌードルスの代わりにデボラを支えようと真心を尽くすからこそ、必然的に彼らは恋に落ちる。彼らはヌードルスという幻を仲立ちにして幻想世界で恋をする。そしてそれが真実の愛に変わっていく。

 そしてヌードルスが帰ってくる。幻想ではない、少年時代のままの「本物」が登場する。

 彼らは「本物」の登場に困惑する。もとより「本物」の存在を否定できるはずがない。しかし肯定することは自分たちの愛を否定することになる。

 これ以降の全てのシーンは、デボラとマックスの、ヌードルスに対する肯定と否定の矛盾で彩られ続ける。

 明らかに愛情を示しながら、誘惑さえしながら、ヌードルスを決定的に否定するデボラ。
 デボラを傷つけられたことに対する復讐として、ヌードルスの人生を奪う決意をするマックス。
 自分とマックスの間に生まれた子供の存在を「下手な演技」で隠そうとするデボラ。
 全てを告白し、ヌードルスに復讐を促すマックス。
 
 特に最後の一つ。なぜマックスはヌードルスに自分に対する復讐を促すのか。それはマックス自身が理不尽な人生に、まるでヨブ記のような人生に、善人でいたかったのに悪人になってしまった人生に、絶望していたからだろう。

 実際、難解だとは思うのだが、それにしてもこんなことを読み取ることができなかったことをいぶかしくさえ感じる。この50年、ひたすら職業としてテクストを読み解き続けてきたことで、読解力が向上したからだと思いたい。

 しかし、現実世界において、人の心は映画以上に複雑なはずだ。今の自分も振り返れば「あんなことも分かってなかったのか」と思うときがくるかもしれない。あと何年生きられるか分からないが、自分がどんなものを読み解くことができるようになるのか、ゆっくりと自分につきあっていこうと思っている。
 
ラスト近くの主人公ヌードルスのセリフ。
「俺の昔話はー もっと単純だ。」
私自身も死ぬまで単純な物語を生きていきたい。
 

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